「明月に鞭をあげて、駒を早め急がん。」
平家全盛の時代、小督という名の女性が高倉天皇の寵愛を受けておりました。しかし高倉天皇の中宮は、平清盛の娘、建礼門院です。小督は嵯峨に身を隠します。高倉帝は弾正大弼、仲国に小督を捜してくるよう命じます。能「小督」はここから始まります。
仲国は、小督の便りとして、ただ嵯峨の「片折戸(片開きの門)」とよく聞き知っている小督の「琴の音」をしるしに、月明かりの中、馬に乗ってあちらこちらと捜します。
ようやく小督の「夫を想いて恋うる、想夫恋(そうぶれん)」を弾く琴の音を捜しあて、案内を請いますが、なかなか家に入れてくれません。柴垣のもとで露にしおれている仲国を見て、小督のトモがとりなし、小督と仲国は対面します。仲国から、帝の衰えた様子を聞き、又、御書を受け取り、小督はその心を想い、涙を流します。
酒宴をし、小督は琴を奏で、仲国は笛を吹き、舞い、直ぐに迎えが来ますからと、仲国は丁寧に暇を言い、都へ帰り、小督はそれを見送ります。
能では、仲国が着ている衣の袖を肩までまくり上げ、鞭(むち)を持つと馬に乗っている事を表し、小督も、謡だけで琴を弾いている事を表します。片折戸の扉があれば、それを境に家の内外を表し、小督のトモに「どうぞこちらへ」と言われ、片折戸の扉がなくなると、そこは小督の部屋の中という事になります。
「小督」の能は、故事や和歌、漢詩などを文章に散りばめ、ゆったりとした趣、風情のある「曲」になっています。
どうぞ、いろいろ想像しながら、平安末期から武家の時代への変換期の、貴族たちの絵巻物を見るような心地で、舞台をご覧下さい。
平成22年9月21日 西宮薪能
当日パンフレット用
上田拓司