雷電

平成18年4月29日 第13回賀茂川荘薪能

比叡山延暦寺の座主、法性坊の律師僧正が天下の御祈祷の為、仁王会を執り行っていると、菅丞相(菅原道真)の霊が現れます。僧正は、菅丞相の師であり、菅丞相が筑紫、大宰府で死したと聞き色々に弔いをしていました。菅丞相の霊は、師の恩に謝し、うち解けて話をした後、「自分は雷となって内裏に飛び入り、我に辛く当った人々蹴殺す。その時に僧正を召されるであろうが、必ず参内しないように」と言います。僧正は、「王土に住む身として、勅使が三度に及ぶならば参内しなければならぬ」と答えます。菅丞相の霊は怒り、本尊の前に供えてあるザクロをおっ取り、噛み砕き、妻戸に吐きかけると、ザクロは火炎となって燃え上がりますが、僧正が洒水の印を結び真言を唱えると、火は消え、菅丞相の姿も消えてしまいます。

僧正は召し出だされ、紫宸殿に参内すると、菅丞相は雷となって現れ、僧正を避けながら内裏の四方を鳴り回ります。しかし、僧正が千手陀羅尼を読み終えると、雷の威力も弱り、帝からも菅丞相に天満大自在天神と贈官を賜ったので、菅丞相は喜び、黒雲に打ち乗って虚空に上がっていきます。

「貴きは師弟の約、切なるは主従、睦ましきは親子の契りなり。」

天神さんと親しまれている天満宮は、菅原道真が学問に秀でていた事から学問の神様として、今も受験生の参拝が多い事と思います。

しかし、菅原道真は大宰府に左遷され、失意の中に死んだと言われますが、それ以降わずか六年後には、道真を流した張本人ともいえる藤原時平が三十九歳で死去したのをはじめ、その後保明親王、慶頼王、藤原清貫、平希世、美努忠包、そして醍醐天皇が、続けて病、落雷、などによって落命しています。そのほか、雷雨、日照り、疫病などが続き、人々が道真の祟りと考えた事もうなづけます。

能「雷電」では、菅丞相は、自分の恨みを晴らす為、邪魔になる自分の師、法性坊(尊意)律師僧正にも怒りを向けます。しかしどれだけ怒っても、やっぱり恩を受けた師に対して、雷は避けます。

辛い事があり、人を許す事が出来ない、「恨む」という事は、誰にでもあるかもしれません。また、人が独りで生きられるはずはありません。その中で必ず「恩」というものを受けます。

私にとって「雷電」は、「恩」と「恨み」について改めて思い起こさせてくれる能です。

平成18年4月29日ホテル賀茂川荘「春の薪能」 パンフレット用
上田拓司