野守

平成15年5月14日 研和会

 出羽の羽黒山の山伏が、大峯、葛城に行く道中に大和の国春日の里迄来、名所を教えてもらう為に人を待つ。
 そこへ春日野に住む老人が、宮寺(興福寺、春日神社)に参詣に来たので、そこにある由ありげな水(池)について尋ねると、野守の鏡と言い、自分達の如き野守が影を映すからついた名であるが、真の野守の鏡は昔鬼神のもつ鏡であると答えた。そして老人は、自分の老いた影を映し、昔の若い頃を恋しく思う。
 山伏は、『箸鷹の野守の鏡得てしがな思い思わず外ながら見ん』の歌(新古今集、箸鷹の野守の鏡がほしい、あの方が自分を思っているか思っていないか見れるからとの意)について尋ねると、老人は、昔この野で御狩があったとき、御鷹が逃げたので野守の老人が、木の枝に居る鷹が水に映ったのを、水の底に居ると答えたので詠んだ歌であると教え、今はよい時代で御狩もよくあり、野守も帝の叡慮にかかる身なのだが、自分は老いて昔の思い出を語ると、涙を流すのであった。
 山伏は、真の野守の鏡を見たいと言うと、老人は、それは鬼の鏡なので、恐ろしくて見れないので、水鏡を見るように言い、塚に入る。
 山伏は、里人に塚の鬼神が野守の姿で現れたのであろうと言われ、塚の前で、奇特を見ようと祈ると、鏡をもった鬼神が現れ、鏡に東西南北天地を映して見せ、大地を踏み破って地獄の底に入った。
 以上が粗筋ですが、野守の鬼神の力強い豪快な動きがこの曲の大事と思います。山伏の難行の功を積んだ法力によって現れた鬼神が鏡に映すのは、東方の降三世明王、そして四方八方、そして天は非想非非想天(有頂天、最高の天界)、大地を映すと地獄の浄玻璃の鏡(地獄で、人の生前が映し出される鏡)となって罪人が鬼に攻められる様等が映りますが、昔の人々は、地獄に行きたくない思いで、恐ろしい気持ちになった事と思います。
 又、現代でこそ鏡は珍しくなく、どこにでもガラス製の鏡がありますが、元は神聖な物で、祭器であり宝器でもあり、権力者が持つ物でありました。野守の老人も昔は鏡を持って春日野を治める豪族であったのでしょう。「野守の鏡とは野を守りける鬼の持たりける鏡なり。人の心の内を照らし、いみじき鏡と聞きて国王の召すに、鬼惜しみければ、野を焼き払わんとし給ひける時に、国王に奉りたる鏡なり」(無名抄)とありますから、国王に鏡(権力)を渡し、征服されたのでしょう。
 昔を思い出す涙は、どんな思いで流したのでしょうか。滅ぼされた豪族は、祟りがあると思われると神として祭られ、又は鬼とされるのでしょう。大和朝廷が日本全国を統一するまで、このような鬼が多く生まれた事でしょう。

平成五年十一月二十日 長田能
上田拓司