通盛

研和会 平成17年3月9日

夫婦お経に引かれて立ち帰る波の…

 所は阿波の鳴門、夏の夜。僧がこの所で果てた平家一門を思い、御経を読んでいます。

「をんでなし」。真っ暗な波が、まるで月を埋めたかの様で、月の清光もない。「かかおのの、につれてこゆるぞや。をめをえて、せばやとい。」夢現の様に、風の中に御経の音が聞こえます。舟の楫の音を静め、櫓の音を抑えて、耳を澄ます人がいます。これが平通盛、小宰相の局、夫婦の幽霊です。

 平家物語巻第九「落足」「小宰相身投」によると、通盛は出陣の前夜、小宰相の局に「いつよりも心ぼそげにうちなげきて…」とあります。能「通盛」でも「に、にまりぬ。はしやはならでこのに、むべきなし。ともかくもなるならば…」明日は合戦。自分が討死したならば…と、妻に語りかけます。平家物語によると、小宰相の局が、「ただならず成たる事(子を宿している事)」を打ち明けると、通盛は、「なのめならずうれしげにて、通盛すでに三十になるまで、子というもののなかりつるに…」。夫婦の心の中、如何ばかりであったでしょうか。通盛の討死を聞き、小宰相の局は、「はとえばのる、もえずの、のやむらん。もにるらん。」西方極楽浄土に導いてもらおうと、海に身を投げてしまいます。

 その夫婦の幽霊に、僧の読む御経はさぞありがたく聞こえた事でしょう。

 能「通盛」は、「のをくは、をらげ、のにて、もにす。の、となりくぞありがたき。」と終わります。本当にそうであってほしいと願います。

平成17年3月9日 研和会 「通盛」へ向けて
平成17年2月18日 上田拓司