板の上、壱(拓司42歳)

板の上、壱

 さて、能の型をする時、基の大事は、世阿弥の言う舞智、手智である。 舞智について、先ず腰を返す事である。この時、腰を返す事のみに心を使うならば、必ずそっくり返り、悪し。頭の頂点より、心の糸にて、天へ引かれる心にて、上へ伸ばす事、大事也。さてその時の注意は、引き過ぎると足が、浮く事也。
 左右側には、肘を張り、と言う事が有るが、大事は、両腕の間の空間である。まず、腕とは、背骨から、指先、或は、扇の先端迄を言い、その両の腕が、一本のまろやかな線で、つながるべきものである。例えばヒラクと、身体自体が大きくなる。それが言葉に乗る。これが能の手法の一である。その時、例えば、肘が落ちると、まろやかな線でなくなる。又、扇先が落ちても、又上っても同じである。肘が上り過ぎると、肩が怒り、姿が悪し。同じくたとえるならば、舞の左右を仕るとき、空気が、腕の内側に膨らみ、身体が左へ流れる時、背骨より左側、特に、腰、左太もも、左肘にて、空気を押しのけ、そして空気が、右へなびき出るべきである。但し、男体、女体の差は在るべきで、工夫が大事である。
 身体の調子の良き時は、着衣も体に添うもので、例えば、紋付の絹が分厚くあろうとも、身体にピッタリと寄り添い、美しくなる也。その時、構えを考え工夫有れば、肩の線は、撫肩にも、錨型にも、自由になり、胸板厚くも薄くも自由になる也。足の裏は、板に上手に吸付くかの様に乗り、至って安定する為、自由自在に、身体を動かせるものである。
 しかしながら、稽古の上で、型を考える時、最初の大事は、二曲三体の、女体である。何故ならば、男子が舞をする時、女体から、男体へは、創り易い。老体は、気の持つ場所が解れば、成る筈で、故に舞智を考えるにしても、女体の風を大事とすべきである。