平成15年11月6日  第9回 照の会 上田宜照 15歳 面掛

「岩船」と「高砂」

「岩船」 
神代に空中を飛行したと言われる岩船に、宝を積んで、龍神が難波の津、住吉へ漕ぎ寄せ、金銀珠玉を降らし、御世をたたえます。本日シテ着用の装束、黒紅段龍の菱文様厚板と萌黄地篭目模様法被、及び龍戴は、宜照の祖々父隆一より親子四代に渡っての使用です。

「高砂」
住吉明神が御代を祝って舞を舞給います。

面掛(めんかけ)

 私ども、能楽師と呼ばれる者には、生涯の中に、これが「区切り」と感じる事が、何度かあります。特に大きな「区切り」の一つが「面掛(めんかけ)」です。
 私共の長男、宜照の事を思い起こしますと、まず「誕生」。既に亡き父、照也より一字を使い命名。二歳で「初舞台」、七歳で「初シテ」。そして今年、十五歳で「面掛」。
 能は分業制になっており、上田の家は「シテ方」で「シテ」「ツレ」「地謡」「後見」を担当します。中でも「シテ」は能の主役であり、祖父の書付には「太夫」とも書かれており、座長がする役でありました。その「シテ」を初めて勤めるのが「初シテ」です。ただ「子方」の時代ですから、能面は使いません。そして今回初めて、能面を掛けます。これが「面掛」です。
 それ以外にも、能で大切に扱っております、「重習い」を初めて勤めた「千才」。声が変わりだし、あわてて勤めさせた「子方」の最後、「烏帽子折」。この「烏帽子折」は、舞台で烏帽子をつけ、元服をする牛若丸の役をする能で、一生に一度、子方の最後に勤めます。また、「関寺小町」の「子方」で、二時間半、座っていた事も思い出されます。足が痛い事は、私共も、身をもって知っておりますが、稽古の時より、「動くな!」と言わざるを得ません。小さな身体でよく頑張ったと思います。半年ほど前にも「淡路」の能の「ツレ」で、会の当日が土曜日だったので、学校は休みと思っておりました所、一学期の中間試験の最終日でした。まだ中学生なので、困ったなと思いましたが、学校の理解もあり、最後の一時間だけ休ませて頂き、一安心できました。
 これまでいろいろな事がありましたが、お力添えを頂きました方々に感謝致しております。今後もいろいろな事があると思いますが、この「面掛」にて、大人の中に交じり「シテ方」として出発させて頂きます事を、親として喜んでおります。
 宜照の伯父、貴弘に、祝いに「高砂」を願い、そして宜照本人には、めでたい「岩船」を、舞わせます。

                    平成15年6月 上田拓司

初舞台
平成2年8月19日

撮影 牛窓雅之