第13回照の

「後の世を待たで鬼界が島守となる身の果の…」
 

 鹿の谷にある俊寛僧都の山荘において平家を滅ぼさんとする謀り事が発覚し、俊寛僧都、平判官康頼、丹波少将成経は九州薩摩潟の鬼界ヶ島の流人となりました。又、都では中宮、後の建礼門院の御出産の御祈りの為に大赦が行われる事となり、成経、康頼の二人を赦免する使いが出発します。能「俊寛」はここから始まります。
 成経、康頼の二人は都に在りし頃立願した、三十三度の熊野参詣を続ける思いで、鬼界ヶ島に三熊野を勧請し、九十九所の王子の社も作り神への参詣を続けています。
 俊寛は水を酒と言って二人を迎えにやってきます。最初の言葉が「後の世を待たで鬼界が島守となる身の果の冥きより冥き途にぞ入りにける。」です。俊寛は、後の世を待たないで、つまり死んでもないのに、鬼界ヶ島の島守になってしまった。鬼の住む島に来てしまった。冥土から冥土にそのまま入ってしまった。鬼界が島へ流されても神ヘ歩を運ぶ、成経、康頼の二人とはあまりに違う心です。
 酒とは、もとは薬の水であり、頃も長月重陽、九月九日であり、彭祖(菊慈童のシテ)が飲んで七百歳を経たという谷水も同じ心であると、三人は水を飲み、都へ帰りたいと深く思います。
 そこへ赦免状を持った使いが到着します。赦免状に書かれた名は、成経、康らいの二人のみ、赦免の使いの言葉も二人のみです。俊寛は「罪も同じ罪、配所も同じ配所、非常も同じ大赦…ひとり誓いの網に洩れて」と嘆きますが、力及びません。「時を感じては、花も涙を濺ぎ、別れを恨みては、鳥も心を動かせリ。」杜甫の「春望」ですが、俊寛の心を思いやられます。
 成経、康頼は都へ船出しますが、俊寛は一人、島に残されます。平家物語巻第三「足摺」には船出する時の様を「僧都綱に取つき、腰になり、脇になり、たけの立つまではひかれて出、たけも及ばず成りければ、船に取つき…」とあります。俊寛僧都は、船のとも綱に取つき、船に引っ張られ、水に入って行き、足が立たなくなると船に取つき…、都からの使いに手を引きのけられ、俊寛は渚に上がり涙に暮れその夜はその場所に明かしたとの事です。子供の頃、絵本で見た「有王」の事などを思い返し、俊寛はどんな人であっただろうと思い巡らしております。
   平成19年11月18日 照の会 「俊寛」によせて
                        上田拓司