ふなべんけい

船弁慶 重キ前後之替 平成17年 照の会

前シテ

後シテ 平知盛

前シテ 静御前

船弁慶 重キ前後之替 平成17年 照の会にむけて

「げにや別れより、まさりて惜しき命かな。君に再び逢はんとぞ思ふ行末。」

 「別れよりまさりて惜しき命かな、君に二度逢はんと思へば」千載集藤原公任の歌です。今別れる辛さより、もう一度逢いたい。その時まで生きていたい。源義経との別離を悲しむ静御前の心をよく表している様に思います。能「二人静」には、静の幽霊が登場し、後日吉野の山で捕われ、鎌倉へ送られ、頼朝に召し出され、「賤や賤、賤の苧環繰りかへし、昔を今になすよしもがな」(昔の良かった時に戻したい)と謡った事が回想されます。静の義経ヘの強い愛を感じずにはおれません。
 能「船弁慶」は、頼朝と義経の兄弟の不和から、判官義経は西国へ落ちていく所から始まります。この時は、義経一行は、一度西国へ下り態勢を立て直して、と思っていた事でしょう。尼崎大物の浦から西国へ船出する前に、静に別離を言い渡します。
 初めは、武蔵坊弁慶の計らいと思った静も、義経から直接別離を告げられ、悲しみに打ちひしがれますが、船出の為の舞をと言われると、「渡口の郵船は風静まって出づ。波頭の謫所は日晴れて見ゆ。」と船路の為に相応しい好天候を祝う歌を謡います。そして昔、陶朱公が越王勾踐の臣として、呉王を亡ぼした故事を例に、同じ様に義経も再び世に出る日が来ると謡い舞います。舞う静の心中、如何ばかりであったかと思います。静は舞の途中で、思わず涙を流してしまいます。

義経 上田顕崇

「この御船にはあやかしが憑いて候。」

 「怪士」と書いて「あやかし」と読みます。船出をしてから、好天気が一転、風が変り、大波が押し寄せ、船が陸地に着けない様子になった時、思わず口から出てしまう言葉が「この御船にはあやかしが憑いて候」です。海上を見れば、西国にて亡んだ安徳天皇や平家の一門が浮かんで見えます。弁慶までも、「かかる時節を窺いて恨みをなすも理なり。」と義経が不運になった時に、平家一門が恨みをなす事を、さもありなんと思います。「平家の怨霊や強かりけん、度々船を出しけれど、波風荒うして…」(源平盛衰記)、「西の風忽に烈しく吹きけるは、平家の怨霊とぞ聞こえし…」(平家物語)と人々も思った事でしょう。
 平知盛の幽霊は、自分たちが沈んだ有様と同じ様に、「又義経をも海に沈めんと…」襲いかかると、波は巴の紋の様に渦を巻き、潮を蹴立て波を立て、悪風を吹きかけ、船の人々は、眼もくらみ、心も乱れ、前後を忘ずる有様です。
 戦をした人は死後、その勝敗にかかわらず、修羅道へ落ちるとか申しますが、戦の作り出す、双方の「恨み」「怨念」を思うと、戦争の恐ろしさを思わずには居られません。能「船弁慶」では、怨霊は祈り祈られて消え、跡は白波となっておわりますが、この後、能では「忠信」「安宅」「摂待」「錦戸」と続く義経のその後を思うと、少年の時過ごした鞍馬の山を出なければ、どうなっていただろうか。能「鞍馬天狗」では、天狗は「人の為にはアダ」と言っていますが、あの天狗のせいで、どんなに多くの人が辛い目にあったか、もう一つ、もし戦もなく、その時代の改革がなされなかった場合とどちらが良かったのか、などと比べて考えさせられております。

 平成17年11月18日「照の会」にむけて   平成17年9月 
                               上田拓司

薪能「船弁慶」 須磨にて

船弁慶 重前後 平成3424日 長田能

前 静御前

後 平知盛

平成10年4月29日  第2回賀茂川荘薪能
 義経は静を都へ返す時に、「いかに静。この度思わずも落人となり落ち下る処に。これまで遥々来たりたる志。返す返すも神妙なりさりながら。遥々の波濤を凌ぎくだらん事しかるべからず。まずこの度は都に上り時節を待ち候へ。」と、思いがけず落人となったのに、これまで同行して来た事への思いと、今後の状況を考え都へ帰り、時を待つ様に言います。
 又、静も、現在苦境の義経も将来必ず再び世に出ると謡い舞います。その心中は、舞が終わりなく続き、別れの時が来ない事を願い、健気に舞うのでしょうか。静の舞を舞う心中、義経の出発に残される時の気持ち、見ている者に「只今静の君に名残を惜しませらるる体を見申し、我等如き者までも落涙仕りて候。」と言わせます。 能の船弁慶以後の事ですが、静は捕らえられ、鎌倉へ送られ、頼朝の前にて舞を強要された時、義経を恋慕う謡を謡ったと伝えられています。この静の強さも愛ゆえでしょう。愛する者を信じる強さと、己の力の及ばない事への悲しみを思わせられます。
 後半、「平家の中の平家」と言われた、勇将平知盛の恨みは、平家一門の多勢の人の思いを代表するものでしょう。
 「知盛が沈みしその有様に、又義経をも海に沈めん」と、死後まで長刀を振り上げる知盛と、この後、頼朝に追われ、終に衣川にて自害して果てた義経を並べ、人間の栄華に対する欲と、戦争のはかなさを感じます。
 賀茂川荘のすばらしい景観の中で、人間の姿様をそのまま舞台にする能をさせて頂き、私は歴史の中の小さな人間を感じずにおれません。 能の抽象化された表現の中で、自由に想像して頂きたいと思います。
      上田拓司