安居院法印(あごいのほういん)が石山寺の観世音に参る途中に女性が現れ「私は石山に籠って源氏物語六十帖を書き、亡き後まで自分の名を残す事にはなったが、かの源氏の供養をしなかった罪で成仏できていないので、石山で源氏の供養をし私の跡を弔ってほしい」と言います。法印が誰と志し供養をするかとの問いに、まず石山で源氏の供養を述べてもらえば、自分も現れて共に源氏を弔うと言い、紫式部と名乗るか名乗らずかにいなくなります。

その夜、法印が源氏の供養をしていると紫式部が現れ、弔いを喜び、布施に舞を舞います。舞が終わり、光源氏を弔う法の力で、紫式部も極楽の蓮の花に生まれると喜びます。よくよく考えると、紫式部は石山の観世音が仮のこの世に現れて、この世は夢であると人に知らせる為に源氏物語を書いたのであり、夢の浮橋の物語その物が夢の言葉である、と締めくくります。

 

紫式部は「源氏物語」と言う虚構の物語、それも愛欲の世界を書き、人々を悪へ導いた罪で地獄に落ちたという説があります。またそれによると、紫式部だけではなく「源氏物語」を読んだ人も地獄へ落ちると言う事になります。能「俊寛」のツレ、平判官康頼の書き残した物に、「紫式部が虚言をもって源氏物語を書いた罪で地獄に落ち苦患を忍び難いので、源氏物語を破り捨てて一日経を書いて弔えという夢を見た人がおり、歌人達が寄り合って一日経を書いて供養した」という話があるくらいです。

僧侶にも「源氏物語」の読者は当然あり、能「源氏供養」のワキ安居院法印もその一人です。この安居院法印の書いた「表白文」を基に「源氏供養」のクセの部分が作られております。紫式部の幽霊(シテ)が「心中の所願を発し、一つの巻物に写し」法印へ渡し、それに合わせて供養~~~(第三巻)」と言う具合に源氏物語五十四巻(古くより源氏六十帖という説が有り、能ではそのようになっています)の内容を供養しながら謡い上げていきます。現行の能「源氏供養」では所々「表白文」を抜きながら謡っております。私は未だ拝見した事がありませんが、宝生流の小書「真之舞入」では全部抜かずに謡うそうです。観世流の現行の「源氏供養」でも長いと思っておりますのに、より長くなっている事と思います。

私のイメージでは、石山寺の観音様の前で、お香の煙が立ち込めている中で、供養の舞が舞われている。そんな感じだろうと思っております。

若い頃、ただ覚えさせられてやっていた頃には、この様な曲のいったい何が面白いのかと思っておりましたが、2008年「源氏物語」の1千年と言う事で、「源氏供養」も舞台に掛かる事が増え、何度か地謡を謡う内に、一度やってみようかという気になりました。「源氏供養」の最後の文章「思えば夢の浮橋も、夢の間の言葉なり。」という事を、よくよく考えてみたいと思っております。

 

            平成23年6月18日 上田観正会定式能

                           上田拓司