あだちがはら

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平成26年11月8日 照の会 
安達原 黒頭
 長糸之伝 急進之出
「かほど儚き夢の世を、などや厭わざる…」

能「安達原」は、「貧困」を扱った曲です。

 那智の東光坊の阿闍梨祐慶と同行の山伏が、廻国行脚して陸奥の安達原まで来ます。日が暮れたので火の光を頼りに宿を求めます。その家には一人の女性が世を侘びつつ住んでいます。祐慶一行は宿を謝絶されますが、強いて借ります。ようやく家に入れてもらった時の文章が「異草も交じる茅筵、うたてや今宵敷きなまし。しいて(強いて、敷いて)も宿をかりごろも(借り、狩衣)、片敷く袖の露深き、草の庵のせわし(狭し、忙し)なき、旅寝の床ぞもの憂き。」<筵も茅だけでなく、違う草も交じっている様な粗末なもので、今宵はこれを敷いて寝るのか…。無理強いして借りた宿で、独り寝をするのは、なんとなく露深く、じめじめしており、忙しなく落ち着かない。旅寝の床は辛いものだ>宿に借りた家は、貧困の為、きゅうきゅうとしたものでした。家の主は口には出しませんが、貧困の為、これまで旅人等を殺して食べてしまっていたのです。

桛桛輪を廻し、糸を繰りながら「ただこれ地水火風の、仮に暫くも纏わりて、生死に輪廻し、五道六道に廻る事、ただ一心の迷いなり。およそ人間の、徒なる事を案ずるに、人さらに若き事なし。終には老いとなるものを。かほど儚き夢の世を、などや厭わざる。我ながら、徒なる心こそ、恨みてもかいなかりけれ。」<人間も含め万物は地水火風の四大元素が仮に纏わりついて命が宿り、人間になったり、違うものになったりするのも、心の迷い、その持ちようである。人間の徒である事を考えてみると、老いるという事である。このように儚い世をどうして厭い、捨ててしまわないのか、我ながら良くない心を恨んでも、どうもならない事だ>このように話をする家の主の心は、自分のこれまでの悪行を思い、旅人に親切をふるまい、善行を積み、後生、すなわち次に生まれ変わった時に少しでも良くなる様にと思っているのでしょう。人を殺して食べるなど、戻る事の出来ない罪を犯した者の、せめてもの願いなのでしょう。糸尽くしの歌を謡い乍、いつまでも続く糸の長い事と、同じく続く自分の辛い一生が、ふと重なり、主は泣き伏せてしまいます。

 祐慶の御伴が、ひそかに主の閨を見て、夥しい死骸に驚き、祐慶達は逃げ出します。家の主は、違約を恨み追いかけます。「般若」という角の生えた鬼の面を使用しますが、これが主の怒りに溢れた心の顔です。祐慶の祈りの声「見我身者発菩提心、聞我名者断悪修善、聴我説者得大智恵、知我心者即身成仏」<我が身を見る者は菩提の心を発す、我が名を聞く者は悪を断ち善を修める、我が説を聴く者は大智恵を得る、我が心を知る者は身を即ち仏と成す>は、後生を願い善行を少しでも積みたいと願った家の主にはどのように聞えたのでしょうか。「たちまちに弱り果てて、天地に身を約め、眼くらみて、足もとはよろよろと」鬼の形相の女主は、祐慶の祈りの言葉に、体が弱ったのではなく、心が弱ったのでしょう。「恥ずかしの我が姿やと、言う声はなお物すさましく、言う声はなおすさましき夜嵐の音に、立ち紛れ失せにけり」どこかへ失せてしまったこの女の声は尚すさましく、救われたとか、心より悔い改めた等とは、とても思えません。明日もまた別の旅人が来ると、同じ事をやってしまうのでしょう。

 
       平成26年11月8日 照の会 安達原黒頭 長糸之伝 急進之出                           

                               上田拓司

あだちがはら

平成10年10月4日 第3回賀茂川荘薪能

安達原によせて

 賀茂川荘薪能もおかげさまで三回目を迎えます。このような恵まれた自然の中で能を舞わせていただき大変幸福に思っております。
 今日の「安達原」の物語は、紀州那智の阿闍梨祐慶(あじゃりゆうけい)の一行が山伏修行の途中、奥州の安達原で日も暮れ一軒の庵を見つけ一夜の宿を借りるところから始まります。
 陸奥の安達原の黒塚には鬼が住んでおり、その鬼は旅の人を殺して食べるといわれています。一度断ったものの、是非にと言われ女主人はもてなしの焚き火をするために山へ木を取りに出かけます。自分が帰ってくるまで決して閨(ねや)の中を見るなと言いおいてノノ。
 能力はくどく閨を見るなと言われたので山伏達の寝入ったすきに閨をのぞき見ますと人の死骸が山のように積んであるので逃げ出すと鬼女の本性を現し襲いかかってきますが、山伏達の必死の祈りでついに鬼女は恨みの声を残して夜風とともに消え失せてしまいます。
 秋にふさわしい曲です。
                  上田拓司

安達原 
前シテ 上田拓司