はごろも

「いや疑いは人間にあり。天に偽りなきものを」
(謡曲『羽衣』)


 羽衣は、最近、富士山と共に世界遺産に認定されたということで話題に上った三保の松原の物語です。春風長閑な朝に白龍という名の漁師が天女の羽衣を見つけ、天女に衣を返す代わりに天上での舞を見せてもらう、筋としては非常に単純です。然し、能を代表する名曲の一つとされており、成程と思わされる曲です。

 仏教世界において、衆生は六道に輪廻しており、その中に天道があります。天道に生まれた人を天人と呼び、人間界の上、空の上の天上界に住んでいるとされます。天上では喜怒哀楽を持つ必要がないほど満たされた生活を送り、これ故に天人の能面には、「増」という、他面と比較して、感情の現れにくい面を用います。

 その天人が能の中で天上界に帰れないと涙を流します。祖父曰く「冷たい涙がつーっと頬をつたう」とのことで、現の人のようにシオルな(泣くな)と父の稽古にて教わりました。悲しみのない世界の天人が、人間界で初めて悲しみに出会って、然し泣き方もわからない、その様子に心なき白龍も哀れに思い、衣を返すことを思い立つのです。

但し、さすが自ら「心なき」と自負するだけあって、白龍はただでは返せないと、天人の舞を所望します。白龍の願いに天人が衣無しでは舞えないので先に返すよう告げると、白龍は返したらそのまま天に昇ってしまうと、疑います。これを受けて天人は「疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」とただ一言告げるのです。偽り・嘘は人間界にあり、天上界には存在しない、この言葉に白龍は人間としての当たり前、偽りのある世界に住む自分を恥じて衣を返すのです。

月の宮殿では天人が白衣十五人・黒衣十五人に分かれ、毎夜十五人ずつ舞を舞う、とされています。始めは黒衣が十五人、一日経つごとに一人ずつ白衣と入れ替わっていき、十五日経つと白衣だけとなります。これが満月です。また、一日ごとに一人ずつ黒衣と交代していき、月の満ち欠けを繰り返すのです。その月が闇夜を照らす様から、衆生の生涯の闇路を照らすことになぞらえて「真如の月」と呼び、大勢至菩薩の化身とされます。または、「望月」ともあるように満月は願いの成就の象徴でもあります。その光の根源が天人なのです。

この曲は、一曲の中で朝に始まり昼を過ぎ紅を帯びて月夜となり明けると共に終わります。清らかな松原の一日の情景と共に、人間界とは異なる天上界の一端に触れていただければ、と思います。

 平成二十六年十一月八日 上田顕崇

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